2025-12-31

人生に余白を|無理なく働き続けるために考えたこと

今年、私は45歳になりました。
ここ数年、体の使い方や回復の仕方を、これまで以上に意識するようになりました。

その流れで今年から、これまで当たり前に続けてきた「運動の強度」を見直しました。
毎日同じ強度で追い込むのではなく、強度に波をつける形です。

具体的には、
しっかりトレーニングをする日があれば、
次の日は軽めにする。
そしてまた強度を上げる。

そんなリズムを作るようにしました。

仕事についても、同じように考えるようになりました。

体力的に厳しい撮影は、どうしても疲労が残りやすく、
前後の撮影や日常の判断に影響が出てしまうことがあります。

そのため、そういったハードな撮影については、
月に1回、多くても2回まで、
というように自分の中で基準を持つようになりました。

そうすると、これまで土日が撮影で埋まりがちだった生活が少しずつ変わり、
意識的に休む時間を取れるようになりました。

撮影の量を意識的に調整したことで、
「何もしない時間」を確保できるようになったのです。

この「何もしない時間」、
“余白”は、思っていた以上に大切な時間でした。

立ち止まり、
考え、
振り返るための時間です。

現代では、この「何もしない時間」を作ること自体が、
とても難しいと感じます。

スマホをはじめ、
少しでも時間が空けば、
何かしらの情報や刺激に触れてしまう。

気づかないうちに、
自分の時間や集中力は、
常にどこかへ持っていかれてしまいます。

そうではなく、
その時間を
自分で考えるための時間
思考するための時間
に使う。

それがどれほど大切かを、
今年は体感をもって実感しました。

今までの自分の働き方はこれで良かったのか。
人との関わり方はどうだったのか。
何を大切にして、どこへ向かおうとしていたのか。

今年は、そういったことを考える時間が本当に増えました。

それは「足し算」をする時間ではなく、
明らかに「引き算」をする時間でした。

引き算をすることで、
時間に余白が生まれ、
気持ちにゆとりが生まれ、
判断にも余裕が生まれます。

そして、
自分で納得できる意思決定ができるようになります。

これからは、
無理なく働き、
無理なく稼ぎ、
体と時間を大切にしながら、
長く続けていける形を選んでいきたい。

そう思えるようになったのも、
この「余白」があったからだと思います。

人生に余白を持つということ

人生に余白を持つことは、
選択肢を残すことだと、最近は感じています。

選択肢のある人生は、
一見すると非効率で、
無駄が多く、
決断を先送りしているように見えます。

けれど実際には、
予測できない変化に強く、
偶然を味方につけ、
自分のタイミングで選び直すことができます。

余白を持つこと。
選択肢を残すこと。
選び直せる状態を大事にすること。

人生の余白。
これは今、私にとっての幸せにつながるのではないかと考えています。

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